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みなさんからのメッセージ
みなさんから寄せられた、E-mailをご紹介します!これからも応援よろしくお願いいたします。

●sara さんからのおたより
- 今日重症筋無力症と診断されました。
この病気のことを調べました。
なおるのか?どきどきしました。
小さいときからなぜかいつも眠そうな自分で
これが普通だと思っていました。
いつも目がパチっとあいて頭が痛くなくなるなら
これほどいいことはありません。
またいろんなこと教えてください。
(2000.10.16)
●大阪在住のY.O. さんからのおたより
- 私の姉が9月29日に重症筋無力症と診断されました。
症状としては、突然モノが二重に見えるようになったため眼科に診察に行ったのが、始まりでした。すぐに、精密検査のために病院を紹介されました。
眼科、脳神経内科で検査を受けたところ、甲状腺の数値が高いので入院して、詳しく検査が必要と言われました。いったい何の病気なのかと不安でいっぱいでした。
翌々日には入院し血液検査、CT、MRIの検査の結果、眼筋型の筋無力症と診断されました。
幸い、胸腺腫はできていなかったのですが、治療法として胸腺の手術を勧められました。
姉の気持ちとしては、主治医のことを信頼し、元の健康な体に一日も早く戻りたい一心で99%は手術する方向で、考えているようです。
でも、腫瘍もないのにどうして? なぜ?と思っているのも事実です。
姉のような経験をされた方、知識のある方、教えてください。
よろしくお願いします。
(2000.10.9)
●EY さんからのおたより
[ ya_hiroy@f01.clubnets.com ]
- はじめまして、このHPで皆さんが頑張っておられる様子を知り、勇気づけられている一人です。今日は私もお仲間に入れて下さい。
私の場合は病歴7年になります。右瞼の下垂の状態から、少しづつ全身にきました。
軽い症状の時に、幾つもの病院で調べてもらいましたが、MGと解かるまで1年近くかかったと思います。
幸い、今かかっている病院で見つけていただき、胸腺摘出手術をして快方に向かいました。現在は複視のみで、他の症状は出ていません。薬はウブレチドを一日3錠服用しています。
今、一番困っているのは、眼がとても疲れること、特に紫外線に当ると、複視状態がひどくなるように感じるのですが、紫外線に関係があるのかどうか解かりません。
一時は一人で落ち込んでいましたが、最近はこの病気を怒らさないよう仲良く、マイペースの生活をするよう心がけることにしました。
(身体の調子のいい時は、好きな趣味に打ち込み、調子の悪い時は、睡眠を充分に取って、くよくよしない)
皆さんもこの病気に負けないで頑張ってください。私も頑張ります。
(2000.9.20)
●青空まぁちゃん さんからのおたより
- 皆さんこんにちは、初めてこのホームページを見て、感激してます。
私は、平成1年6月に初めバセドーで入院し、(当時13歳)治療中MGを疑われ、皆さんご承知の様ような検査でMGが診断され、あれよと手術後ステロイドの治療でした。術後は、呼吸器を十日もつけられ、管かぶれがおしりにでき、貴重な経験をしました。呼吸器がとれた日、空に虹がかかってて開放感にひたった思い出があります。そこの小児科の入院は快適で、のん気に入院、治療してました。でも、退院して復学してからが、さぁ大変!今まで自分中心でできた生活が集団生活に逆らえず、担任も面倒くさがり、くらーい学生時代の幕明けでした。高校もがんばって受け入学して、間もなく調子がいいからと、一人の主治医(私は、神経と内分泌の二人主治医がいました)が、バセドーの薬メルカゾールをいきなりゼロにしてしまい、勿論バセドー再発、こうくればMGも再発。即入院でした。せっかく入った高校ですが、やめくてやめたくてたまりませんでしたが、無念にも白血病で亡くなった中学入院時代の友達の意思を受け継ぐと心決めて入学した高校だったのでそれを支えに卒業しました。
その後、父親が一人で自営してたのでその事務の仕事を手伝いながら、自分のペースで生活するうち病気は落ち着き、市のボランティアに参加するまで元気になりました。そこで、今の旦那をゲット(笑)しました。みなさんなら分かってくれると思いますが、健康な人と同じ事をしてみたいという心理からのボランティア参加でした。しかし、平成10年冬元気な人に合わせすぎたせいですね、再発です。歩けるのですが、だるいのです。家事がままならなくなりました。旦那はとても理解があり暖かい人なので安心して安静してました。でも入院しました。そのとき22歳。さすがに小児科へ入院は無理なので内科へ転科しました。(いつまでおるねん!と突っ込まれそうですね)パルスを初めて受けたりしまして、ステロイドは多いものの二ヶ月弱で退院。そこで私は、ばかものです。これを最後にしようとボランティアに参加。平成11年8月ボランティアの研修から帰ってきて次の日初めての呼吸困難で、入院吸着を受けました。まぁまた、ステロイドの治療で様子みて、今にいたってます。先ほども書きましたが、やりたいことはやったような気持ちでいっぱいなので、今はとにかくおとなしく友達にも家に来てもらって、会うようにしたりと、家の裏の森から聞こえる鳥のさえずりをききながら、穏やかにすごしてます。
だらだらと長くなってごめんなさい。一人一人きっと書いても書ききれないドラマがあると思います。今回皆さんの人生をかいま見て、勇気をいただき、これからの糧にしていきたいと思ってます。今では、今までの経験でいろいろ友達の相談などのってるうち、C市の癒し夫婦などといわれてます。こんな私でも必要としてくれる友を失わないためにも、病気をよく知り自分を大切にしてがんばっていきたいと思います。皆さんも負けないで!
ここまで読んでくれてありがとうございました!では・・・。
(2000.8.25)
●Sanae さんからのおたより
[ u_sanae@hotmail.com ]
- 初めまして。94年3月に筋無力症と診断され、胸腺の摘出手術をしました。現在はメスチノンと硫酸アトロピンを服用しています。手術後の経過は医師の予想以上に良かったようで、現在も仕事(事務職)を続けています。
仕事は順調なのですが、結婚・出産となると病気のことが気になって積極的になれません。現在33歳。結婚もしたいし、子供も欲しいと思うのですが、薬を飲んでいても大丈夫なのかなと不安もあります。
同じ様な悩みを抱えている方、或いは乗り越えた方の意見を聞かせていただきたいと思います。
(2000.8.18)
●匿名 さんからのおたより
- はじめまして、こんにちは。残暑がきびしい毎日ですが、今日は心地よい風が部屋を通り抜けています。今日は、初盆で実家に帰ってみたら、”こんなこと”が出来るようになっていたので、初めて参加してみました。
私は、この重症筋無力症にかかっている患者ではなく、ぜん息で通院している、熊本大学付属病院で、この病気で入院している方二人と知り合いになり、病気を知りました。
その方は、すでに入院して1ヶ月半ほど経っていたので、胸腺の手術も終わっており、そろそろ一時帰宅が出来るかなあと言う頃で、少しの間ですが、お話することが出来ました。
ぜん息もそうですが、第三者にどこが悪いのか解りづらい病気のため、息苦しいときや、”これをすると出るかなぁ”と思いながらも無理をしてしまうことなどで盛り上がってしまいました。
近いうちに「退院するかも」と聞いて、退院したら一緒にお食事に行くことを約しています。お互い、詳しくは病気のことが解りませんが、同じ病気の方と知り合うのとは、また違った意味で心強く思う今日この頃です。
この病気は、あまり知名度が高いとは言えない病気だと思います。少しでも多くの方が、このホームページに出会えることを願っています。また、機会があれば参加しますね。
(2000.8.16)
●のり子 さんからのおたより
- 私は5年前に「重症筋無力症」と診断されました。わたしの場合呼吸器系(まぁ全身型)に来ていたので速攻で胸腺摘出手術をしました。手術後は人工呼吸機を付けていたけど、順調に回復し、今では日常生活にはまったく支障がありません。仕事もしています。
ただ、やっぱり、ふっ、て不安になるんですよね。いつまた具合悪くなるんだろって、思っちゃいます。
でもまー、今のところ大丈夫だし、手術の傷跡もうすくなって目立たないし、軽いほうなのかなーとも思います。
このまま何事もなく、すごせればそれでいいです。この病気で悩んでる人は私だけではないんだなーってちょっとだけ元気になれました。
(2000.8.16)
●あんず さんからのおたより
- 25年間何の症状もなく過ごしていたのですが、先日突然にまた症状がでてしまいました。また寝たきりになったらどうしようとか、結婚できるのかなとか、仕事は続けられるかなとか、きりがない不安に泣きたくなる毎日ですが、みんな、頑張っているのですね。ここにきてなんだか少しほっとしました。わたしも頑張ろう。
(2000.8.15)
●あつし さんからのおたより
- 私の息子は14歳(中3)です。今年の3月名大でMGと診断されました。始めはあまり症状がでなかつたので様子をみようということで薬もでませんでした。
ところがこの頃歩くということが辛くなりだしたため来週検査ということになりました。症状が強ければステロイドを使いましょうといわれましたが始めから使用するのは少し不安です。どなたかアドバイスを戴ければうれしくおもいます。
(2000.8.5)
●きき さんからのおたより
[ kikimiki@a5.shes.net ]
- インターネット接続環境を手に入れた為、MGのリンクをたどってきました。
私は3歳でMGらしいといわれ、けれど眼筋型ということと、抗体が陰性だった事もあって、症状も軽かった事からずっとそういう病気を持っているとはしっていても、それがどういうものなのかわからずにいました。17才で検査をした際、胸腺もなく、筋電図も異常がなかったため、もうでることはないだろうと安心していたら、20歳になって、目玉が動かないという状態に陥り、大学病院に3ヶ月入院しました。けれど結局、目の筋肉の炎症なのかMGの症状かわからず、精神的なものというような言われ方をして、そのまま退院しました。その後、22歳になって、また眼筋の下垂がおこり、大学病院へ行くように進められたのですが、どうしてもいきたくなくて、市立の病院にいき、知り合いの内科の先生にみていただきましたが、やはり神経内科の領域とのことで、先生にみていただき、MGという事で、昨年6月入院し、7月に筋生研にて確定診断が出ました。ずっと抗体陰性、眼筋型ということで治療を受け、ステロイドを用いた治療も受けて、9月に退院、その後11月に全身がきつくなり再入院、軽度全身型ということで少し安静状態をつくり、2週間で退院したのですがその後1月に再入院、しかしサイコジェニックという事で、自分自身よくわからない状態に陥りましたが、今年3月に退院し、5月から電話コミュニケーターとして働いています。自分の症状が、病気のせいなのか、それとも私のきにしすぎなのか、薬のせいなのか、わからなくて困惑しています。
おとなしく病院に行けばいいのかもしれないけれど、また精神的なものと言われたり、家族に頼って生きていかなければならない事を思うとやり切れません。
やっと経済的に自立できると思ったのに。
私は私がわかりません。
(2000.7.9)
●はるかちゃんママの友達 さんからのおたより
[ istu@nifty.com ]
- はるかちゃんママの友達です。
友達が、重症筋無力症で胸腺をとる手術をしました。それは出来ることなら、もう一人出産したいと思ったからです。
手術後1年6ケ月が過ぎ、思うようにクスリの量なども減らず。気持ちが、少し元気で無くなって来ています。この病気が発病した後、出産することは、可能なのでしょうか?
同じように希望されている方。また、出産された方 お話しを聞かせていただけたら嬉しいです。ヨロシクお願いします。
(2000.6.29)
●ひとみ さんからのおたより
- 私は16歳の女の子です。中3の春の修学旅行でバスから落ちたことからこの病気がわかりました。私自身中2の春頃からおかしいと感じていたのですが両親は運動神経が悪いとしか考えてなくて1年がきてしまいました。あれから数年わたしはもうすぐ17になります。手術もしましたし病院の食事がのどにつまり肺炎をおこしもしました。14時間もの大手術にもかかわらず1年以上過ぎた今でも直りません。早く普通の生活に戻りたいと思います。
(2000.6.23)
●うさうさ さんからのおたより
[ usatan@miffy.fan.fm ]
- 私の友人が全体型の重傷筋無力症で入院して約1ヶ月が経過します。今は舌に症状が出て、少し話辛そうかな?という程度です。
近々胸腺の手術をすることが決まりました。
その手術に合わせてステロイドの量も増やしていくそうです。友人は私の前でも普段と変わらない様子ですが、私は友達として、
どのようなことをしてあげたらいいのでしょうか?
(2000.6.17)
●Hifune さんからのおたより
- 初めまして。30歳の主婦です。私がこの病気と分かったのは、平成11年9月で一人目の子供を産んでから1年あまりが経ったときでした。最初の症状としては、夕方になると右瞼がぴくぴくとして真っ直ぐ前を見ようとしているだけなのに目をしかめているように感じるようになりました。それと、疲れると言葉があいまいな発音になるというもの。 仕事を辞め、子育て一本にしたら随分と症状も軽くなってはきました。重症筋無力症の中でもまだ初期のようです。でも、病気が分かったときはかなりショックでした。みなさんのように発病以前はとっても健康だったからです。病院から対症用の薬をもらっていますが、服用しても効果が分からないしお腹が痛くなるので今は飲んでいません。気候が良くなり、冬の間にあった腕が上がりにくいとか、首筋が張る、舌がうまく動かない等といった症状も出なくなり、ほとんど元通りに思います。そんな今だから、考えてしまうのが二人目の子供のこと。病院の先生は、「出産後症状が重くなることが考えられるから、一人いるなら、その子のためご主人のためにもやめておきなさい」とおっしゃいました。 私も症状があれこれあった冬は今いる子供のためにも元気にならなきゃと思ったのに、元気になってきて欲がでてきてしまいました。 書き込みを見ていると、出産も仕事もどんどんされているので勇気がでます。一方でなかなか良くならない症状に悩んでいる方も。 両親も主人も無理をするな、子供はひとりでいいと言います。でも、母親になった私としては自分の子供がもうひとり欲しい気持ちを諦めきれないでいます。一方で、病気が重くなるのを恐れる気持ちも捨てきれません。同じような気持ちでいる方、同じような経験をされた方、意見を聞かせてください。
(2000.6.9)
●I.K. さんからのおたより
- はじめまして
パソコンを最近買いましたので、自分の病気のことが知りたくて、このページを見つけました。平成9年10月に発病し、入院、手術を受けました。病院の事務員を25年していますので、ショックも大きかったです。平成10年10月頃から又悪化し、薬の増量で最近良くなったと思えるようになりました。病院の薬の他に健康食品を試したり神頼みをしたりの2年あまりでした。この先どうなるのか知りたくてイライラばかりてす。
何か良いアドバイスをお願いします。
では、また、お便りします。岡山のMGねえさんより。
(2000.5.10)
●ayaka さんからのおたより
- 私は15歳です。高校に入ると同じにこの病気にかかってしまいました。症状はすべてです。全部でてしまいました。
ご飯も食べれなく6kgやせました。でも手術してから本当にすっかりなおりました!今では何も症状はでていません。まだプレドニンはなくなりませんが・・・。
みなさんもがんばって下さい。
(2000.5.7)
●K.T. さんからのおたより
- はじめまして。4月18日に順天堂大学病院で重症筋無力症の診断をもらってしまいました。新人です。今後はいろいろとお世話になるかと思います。
ちなみに、45歳の熟女です。ほほほ・・・。国際交流の仕事、会社経営をしております。
今後のことを考えて結構不安になりつつあります。が、私は負けない。皆さん、よろしく
(2000.4.18)
●S.T. さんからのおたより
[ sayu-t@d7.dion.ne.jp ]
- はじめまして。30才の主婦です。私は24才に複視の症状が現れ、26才でこの病気とやっとわかりました。なんと母も同じ病気なんです。母がやっとわかり、症状を聞き、似てるので医者にたずね、わかりました。
つい先月、パルス療法で入院して、ステロイドを使い始め、今はすごく調子良いです。端の方はまだ二重に見えるけど。3年間マイテラーゼを飲んでただけでした。 ステロイドは副作用があって怖いというイメージがあって使いたくなかったけどこんなに楽になるなら早く使って欲しかった。
マイテラーゼを飲み出した頃から、生理が止まってしまい、今は薬を飲んで生理を来させてます。子供が欲しいのですがどなたか同じような経験をされてる方がいたら色々お話を伺いたいです。よろしくお願いします。
●ちーちゃん さんからのおたより
- はじめまして。この掲示板を見て、いつも<皆さん頑張っておられるんだなぁ>と元気付けられています。私は今年就職したばかりの23歳の女性です。10歳の頃に発病(全身型)し、当時はほとんど寝たきりの状態でしたが、胸腺を摘出し、マイテラーゼ内服と1−2年に一度のパルス療法で、学生生活、就職と何とか社会生活をこなせるほど回復しました。しかし、仕事で少々無理してしまった為、また症状が出だし、主治医と相談して再度パルス療法を受ける決心をしました。
ですが、いままでに何度かパルスを受けてきましたが、受けるごとに副作用がすこしきつくなってきた様に感じるのです。パルスによって筋無力症の症状の悪化より、不整脈等、他の副作用が気になりだしたのです。体にある程度のショックを与えて抗体を押さえる療法であることは承知の上で治療を受けてきたのですが、症状が悪化するたびにパルスに頼るのは、将来的には体に良くないのではないか、と思うようになりました。また、私の場合はパルス後呼吸が辛くなるため、入院しなければならず、パルスのために今回仕事を辞めました。今後パルスを受けるたびに仕事を辞めなければならないのか、と不安も感じています。
仕事をもって頑張っておられる方は、治療や通院をどのようにされているのでしょうか。これからどのように病気と付き合っていけばいいのか、悩んでいます。もし出来ましたら、ご意見をお聞かせ願えませんか?よろしくお願いします。
(99.12.14)
●ako さんからのおたより
- はじめまして!インターネットを始めて、すぐにこのページを見ました。
私は、25歳で発病して(もしかしたら、20歳ぐらいかも・・・その兆候は見えたのですが、ただの疲れだと思ってたので)もう13年の女性です。症状は全身ですが胸腺が腫れてなかったため、手術せずとりあえず漢方のみで過ごしてきました。ここしばらくは、おとなしかった病気ですが、ある試験を受けるにあたって、2,3ヶ月前より少しずつ悪化。ついにメスチノンを飲むことになりました。やっぱりメンタル面が大事だと痛感しました。無理した後、ひどくなっても、今までは2〜3日で治ってたのですが・・・。
だいぶん前のメールの”匿名さん”。私の場合は、東京白金台の北里東洋医学研究所で漢方を処方していただきました。よかったら1度行ってみて下さい。
今は、体に爆弾を抱えてるよりは・・・と、現在手術を考えています。出来れば手術跡は小さい方がとか思ってしまいます。漢方を併用して出来る(ゆくゆくはまた漢方のみにしたいのです)病院があれば教えて下さい。
(99.12.5)
●E. S. さんからのおたより
[ enohata@pastel.ocn.ne.jp ]
- 私の母が筋無力症で寝たきりになっています。お互いの悩みを打ち明けて交流したいと思っております。よろしくお願い申し上げます。
(99.7.28)
●匿名 さんからのおたより
- 私は29歳の主婦です。発病して11年位になりますが、それまでに、2、3回入院して
風邪で呼吸困難になったりしましたが、3年前に結婚して無事結婚して出産もしました。
出産してまた2ヶ月位入院しましたが、今は元気に育児に奮闘しています。病気だからといってあきらめることは、ありませんのでみなさんもがんばってください。
●かすみ さんからのおたより
[ ray-5@mve.biglobe.ne.jp ]
- 身体に異変を感じたのは、2年前になります。きっかけは、
風邪引きでした。いつもの風邪とは違い、治りが遅くやっと治ったときは
長時間しゃべれなくなっていました。もともとアレルギー性鼻炎があった為
あまり深く考えず耳鼻科に通院していました。通院しても症状は変わらず、昨年の11月
とうとうまともにしゃべれなくなってしまいました。舌足らずで、ろれつが回らないのです。そんな調子ですから、仕事にも支障が出てきましたが、幸いみんなに助けられ、続けていました。しゃべれなくなってからは、顎関節症と思いあごの矯正も始めました。
でも一向に改善するはずは無く、毎日情けなさと不安とで泣く思いでした。
今年に入ってすぐの耳鼻科外来で、神経内科受診をすすめられわらをもすがる思いで、受診しました。先生は一目で異常を指摘され即検査入院。後はとんとん拍子に進みました。
私はずっと身体の異常を訴えてきたのに、それまで受診した病院ではすべて、異常無しと言われつづけた為、病気がわかったときはうれしくてうれしくて・・・
その後手術目的で転院し今年3月11日に手術を受けました。2月よりプレドニンを処方され手術までに90ミリまで上げましたが、症状は50ミリになったところで無くなりました。症状は、構音障害、嚥下障害でした。
現在は、30ミリ隔日でプレドニンを服用しています。仕事も6月に復帰しほとんど前と変わらない毎日を過ごしています。一ついえば手術の跡がたまに痛い程度です。
このホームページを見つけ皆さんの体験等すごく勉強になります。
これからも、いろいろ教えて下さい
●asako さんからのおたより
[ ala@pop16.odn.ne.jp ]
- はじめまして
だんなの姉(26)が去年の12月〜重症筋無力症(眼筋のみ)と診断され、今まで入院、藥とつづけていますが、あまり進歩もなく、藥ばかりのんで飲んでもあまり変わりません。
本人も眼のあかないイライラと、これからのことが見えない不安でどうしようもないらしのです。
最近行きはじめた眼科で、漢方をもらって、少しですが楽だと言っています。
このメールで、少しでも情報なり、姉の気持ちを分かってくれる誰かと出会えるといいな〜と思い.....
●曽根幸子 さんからのおたより
[ satiko@ma7.seikyou.ne.jp ]
- 自己紹介をさせていただきます。
曽根幸子です。年齢74歳です。病歴30年余り。 パソコン歴は
1年です。7年前に極度の貧血で入院して、胸腺腫を取りました。
去年から、自信がついたら、お邪魔しようと思っていました。
また落ち着いて挑戦してみます。 具合の良い時にお便りします。
(す・・・すごい!ウチのオヤジなんて、キーボード見ただけで
あきませんのに・・・・・・・・・・・・ 99.5.17)
●垣渕Jr. さんからのおたより
[ ayumi@bh.mbn.or.jp ]
- ごめんなさい。登録ミスをしちゃいましたm(_ _)m
↓のA.N.さんのアドレスはayumi@bh.mbn.or.jpです〜。
●A.N. さんからのおたより
- 昨日はじめてお便りBOXに出したので、皆さんに意見を求めていながら自分のアドレスの記入を忘れていました。パソコン初心者なのでよく分っていません これでいいのでしょうか?
(1999.5.15)
(はい。それでOKです。・・・垣渕Jr.)
●匿名 さんからのおたより
- はじめまして
今年三十路をむかえる女です私は23歳の時発病し半年後、筋無力症だと解かった時抗体の数値を見る限りではもう死んでいる体ですよ何故呼吸する力が残っているのかが不思議ですと先生に言われました。そう言われても私は余り驚きませんでした それほど体の重みを感じ動けなくなっていたからです。
即入院し手術を受けるための検査入院の期間メスチノンを一日3回服用していましたが一回の持続時間は30分以内でした それも一週間を過ぎるともう飲んでも効いているのかどうかよく解かりませんでした。
しかし胸腺摘出の手術後ふっと体が軽くなった気がしてラッキー治るかも! と少し明るくなりました。しかし外科から内科に移り、薬の投与が始まりました。プレドニン最高20錠、副作用がひどく一日1時間ぐっすりと寝る事もできませんでした。記憶が飛び平仮名すら読めなくなるほどの頭痛も続きました。半年後、プレドニン12錠で先生の反対を押して退院しました絶対安静を条件に・・・。
それから数ヶ月少しずつですが薬の数が減り、パン屋さんで短い時間ですがアルバイトも始めました。薬が減るたびに微熱が続き体が重く感じる事もありましたが一昨年のクリスマスには1.5錠になっていました。次の年に結婚を控えていたので私としても早く薬を無くしたいとあせっていました。今まで貯金や節約なんてしたこともないくせに僅かながらでも頑張って貯めていました。無理が祟ったのでしょうか?その年末目がぶれて全く見えなくなりました。この病気のなり始めと同じだったので次は体が動かなくなると解かっていました。先生は違うと思うので眼科に行って調べてもらってと言われ、言われるがままにしていましたがやはり3ヶ月後目は見えるようになったものの体に症状がではじめました。病気だけが原因ではありませんが今ここで結婚と言うのは考えられなくなり白紙に戻しました。
1年経った今も抗体の数値も良くならず手や足に症状もみられます。今年からまた1日3時間週2.3回だけパン屋さんにアルバイトに行き始めましたが、パンを袋に入れることやレジを打つなどの基本的な事まで難しくなってきているのがわかります。最近直る、直そうと思うより今が維持できればと少し弱気になっています。
漢方の話を母が聞いてきたのですが私も母もよくわかりません。もし漢方を試した事がある方、そんな話を聞いた事がある、漢方の良い病院を知っているなどありましたら是非教えて下さい。
弱気にはなっていますがまだ諦めてはいません。頑張ります。
●ともちゃん さんからのおたより
[ s987974@hst.kannsai-gaidai-u.ac.jp ]
- はじめましてこんにちは。やっと私の気持ちを分かってもらえるホームページに出会えて感激です。私は、19歳の女です。98年の5月頃から左目に異常を感じたり、手に力が入らなかったり、夜になるとうまく話す事が出来なかったりするようになりました。
その頃私は、四国の実家を離れ、大阪の短大に入学したばかりで、自分では感じていなかったけれど、ストレスがたまっているのだろうと思い、気にせずにいましたが、症状は良くなるどころかどんどん悪くなっていきました。たまりかねて、学内の保健室に駆け込み、先生に相談したところ、「とりあえず脳神経外科に行きなさい。」といわれ、紹介された病院で受診しました。しかし、脳には異常ないとのこと・・・・どうしたらいいのか分からない日々が続き、ただ検査費用だけがかさみました。新しい生活に胸弾ませるはずだったのに、少し期待外れの大学生活になってしまいました。
もともと体が丈夫で、小、中学校の時は皆勤賞、高校でも、けがで欠課しただけの精勤賞というのが私の自慢でした。だからよけいに、うまくいうことを効かない自分の体に腹が立って仕方なかったのです。夏になり、食べ物が喉を通らなくなりました。私は恐くなり、予定を早めて実家に帰省しました。実家のほうでも2.3の病院を受診しましたが、原因が分からず、精神科に行くようすすめられました。家族一同途方に暮れかけた時、ある医師に日赤病院の神経内科の医師を紹介され、最後の望みをかけて受診することにしました。
その医師は、私の顔を見るなりははーんとうなずき、一発で症状などを見抜いてくれました。そして即入院、詳しい検査。投薬となったのです。
今は、また大阪に戻り、学校に通っています。しかし、あまりいい状態ではありません。いっぱいいっぱいの生活ですし、周りの友達や家族にも心配、迷惑をかけています。精神的にも少し不安定で、以前に比べてかなり涙もろくなりました。でも、周りで支えてくれる医師、家族、友達がいるので、頑張るつもりです。
そこで今一番悩んでいるのが就職です。ただでさえ就職難の今、私はどうしたらいいのでしょう・・・・。何かいい方法をご存知の方、お便り下さい。
なんだかだらだらと書いてしまいましたが、これからもいろいろよろしくお願いします。
(99.4.13)
●TN さんからのおたより
- 文字化けということで、その部分についてですが再度お便りします。
合併症のことを考えると(もしもという意味で)神経内科、甲状腺を診る内科、心臓専門の内科(私の場合、合併症から心室外膜炎にかかり心のう水がたまり心不全を併発したため)、オペのための外科が併設されているような病院が良いと思います。参考になれば幸いです。
(99.4.6)
(どうもありがとうございました:管理人)
●TN さんからのおたより
- 自分は平成8年11月頃、突然左瞼が垂れ下がり左目がほとんど動かなくなり、斜視症状も出ました。千葉大病院神経内科にて診断の結果、眼筋型の筋無力症と診断され、ウブレチドの服用によりほぼ回復いたしました。まあ、CTやMRI、RI検査の結果、胸腺肥大があったので平成10年1月に手術をしました。経過も順調で昨年5月よりウブレチドも服用していませんし、ステロイドも使用しませんでした。しかし、バゼドウ病が発病し、現在、そちらの治療を受けています。私の家では母が甲状腺に問題があったため、甲状腺の病気に関する医学書がありました。その中で、「バゼドウ病は筋無力症などの合併症を併発することがある。」ということが書かれておりました。私自身、現在では両方とも落ち着いていますが、もし、疲れ易い、息切れ、動悸、痩せなどの自覚症状のある方は検査されるとよろしいと思います。
<管理者より:すみません。ここから下のメッセージもあったのですが、文字化けしてよめませんでした。差し支えなければ再度送信していただけると幸いです>
(99.4.2)
●相原浩一郎 さんからのおたより
[ aihara.03945@mar.jgc.co.jp ]
- 私の妻の兄の奥さん(私の義理の姉)が昨年暮まで重症筋無力症で苦しんでいました。
しかし、神奈川支部があることを教えて、いろいろなHOME PAGEの情報を入手した事で今は
とても元気になりました。
今では家族にも明るさが戻っています。
感謝感謝!!
同じ病気で苦しんでいる方の早期回復をお祈りいたします。
最後に適切な助言をいただいた、神奈川支部の方(お名前もうかがわず申し訳ありませんでした。)
大変感謝しております。
ありがとうございました。
(1999.4.1)
●ゆみゆみ さんからのおたより
[ tom@msv.chachacha.ne.jp ]
- 初めておじゃまします。私は、約2年ほど前に重症筋無力症と診断された者です。
初診時〜1年ほどは、眼瞼下垂だけで、特に変化がなく、生活に特段支障もありませんでした。いただいていたお薬を飲むと所かまわずあちこちの筋肉がピクピクして、よけいに気味が悪いほどだったので、通院もしたりしなかったりで、あまり真剣に考えていなかったのですが、初診からちょうど1年ほど経ったころ、明らかな瞼の下がりや息苦しさ、腕を上に挙げた状態での作業(洗濯物を干したり)が継続できなくなったりと、極端な変化が出始めて、それまではそれほど感じなかった斜視や、頭痛(コメカミから後頭部にかけてずっしり重い)に悩まされております。
初診の時にかかっていた病院で受けた血液検査では抗体は出ておらず、テンシロンテストでは、陽性反応が見られました。今通院している病院では、抗体も出ていないし、テンシロンテストも陰性だと言われ、「あなたの症状では、眼瞼下垂や斜視は見られても、全身反応はないはずだ。気にかけすぎてありもしない症状が自分では感じられるのではないか」と、冷たく言われて、正直困っています。
特に日中はそれほど症状が重く出ない(やはり夕方以降がしんどいです)ので、普通にお勤め(パートですが)していますし、自分ではほとんど気にかけないようにしているつもりです。
今の病院に通院し始めて半年になりますが、自分としては、次第にしんどさが増していて、階段の上り下りなんかも、足が重くて、息があがってしまい、ゆっくり少しずつ上がるようにしている状態です。ここに来られる方々に比べたら、私の症状はまだずっと軽い方なのかもしれません。でも、自分の状態をわかってくれる方が周りにはいなくて、とても心細い思いをしています。こんな私ですが、もし良いアドバイスや、ご意見をいただけたら光栄です。
●ぴーちゃん さんからのおたより
[ FZY02545@nifty.ne.jp ]
- 早速ですが・・・。母親が本日より“筋無力症”で入院いたしました。
はっきり言って、この病気が何なのかあまり分からない状態です。家庭の医学などを読みましたが、インターネットでも調べてみようと、こちらを見つけました。
でも、「難病」という言葉に驚いております。入院と言う事に弱気になっていた母を励ましておりましたが、この言葉に私自身が、ちょっと弱気になってしまいました。
でも、ちゃんと社会復帰をされている方のお話を読ませていただき、少し勇気づけられました。まだまだ知らない事ばかりですが、良い治療法などあれば、教えて下さい。
●ぱた さんからのおたより
- はじめまして30歳の会社員ですが、昨年12月、朝目覚めたとき、眼瞼下垂と複視に気づき、神経内科を受診しステロイド(プレドニゾロン内服)療法を開始し20mg隔日から、最大40mg連日(1ヶ月)まで症状を観ながら増量し、現在は60mg隔日で維持しております。先生の話によると最初の1年間は60mg隔日を続け、さらに1年かけて減量し様子を観たいとの事。目の周りにわずかに違和感が残っているくらいで、こんなに良くなるものか?と驚いています。仕事もふつうにやっています。唯一の楽しみであった空手の道場通いを我慢するのがすこしつらいですけど、贅沢な悩みですね。
ステロイド剤はとても良くきき、のみ初めてアレルギー性鼻炎もついでに良くなったり、目覚めが良くなったりと恩恵を受けているのですが、ある先生から血糖値が上がるから注意したほうがいいと言われたので自己測定器で計ったらステロイドを飲んだ日に飲んで6〜8時間後をピークに220mg/dlぐらいまで上がっていました。(かなりカロリー制限しても)ちなみに昼食摂らずにはかっても150はありました。受診時に血糖も測るのですが、朝は上がらないので見逃してしまいます。
ということで、いままでは、とにかく毎食低カロリー食を心がけていたのですが、現在は飲んだ日は朝しっかり食べ、昼は食べないか、食べてもサラダと野菜スープ程度、夜は薬をのんで12〜13時間程度たって食べるようにしています(飲まない日は普通にたべてます)。この生活を続けた結果、顔のむくみも良くなり体重も減りました。
ステロイドによる(特に内服)治療を長期間つづけると主たる疾患は良くなっても糖尿病や、骨粗鬆症、高血圧、高脂血症などの合併症に悩ませられることになります。糖尿病になってしまうと白内障や腎臓なども気にしなくてはならなくなり、かかってしまうともとには戻りません。感染も起こしやすくなります。意外と気づかない先生もいるらしいので、
「糖尿病はまず予防」を心がけましょう
(1998.11.7)
●N. T. さんからのおたより
- 始めまして、何気なくこのホームページを見つけました。
私は27歳の男性で、千葉県在住です。平成8年11月頃左の瞼が90%ほど垂れ下がり、斜視になったため近所の眼科へ行ったところ、斜視(先天性のもの)診断されました。しかし、先天性という言葉に納得がいかず、船橋医療センターにかかったところ、脳外科と眼科にて検査したところ、脳外科では動眼神経麻痺を疑われ、眼科での視野検査では日に日に結果が悪くなり原因不明の病に不安を抱きました。ただ、眼科での血液検査の結果抗体の陽性反応がでたため重症筋無力症と診断され、千葉大病院を紹介されかかることになりまた。
まず投薬による治療がはじまり、ウブレチドを投薬され3ヶ月後には瞼の症状も治まり、斜視も軽減されました。(左目が中央より内側へ向かないという症状でした)千葉大病院神経内科の検査によると、眼筋型と診断されました。しかし、同病院肺外科でのCT、MRI、RI検査の結果胸腺肥大が認められ、手術を勧められました。まだ若いことと将来的に腫瘍にならないという保証がないため手術を受けました。(平成10年1月)今年の5月から薬を飲まなくてもよい状態となりましたが、今度は合併症をおこし(バセドー病)治療を受けています。又、今年7月には、急性心膜炎をおこし入院しました。40日の入院の結果経過は良好ですが、はたして、手術の後遺症なのか、手術を選択した自分が誤りなのか、健康に対しての不安だけが増大しています。術後、このような合併症や後遺症にかかった方がいらしたら情報をいただきたいと思います。
●M.K. さんからのおたより
[ FZK11176@nifty.ne.jp ]
- はじめまして。38歳の男性です。
私がこの病気を宣言されたときの絶望感が、まるで嘘のように現在は回復しています。同じようなことで苦しんでおられる方に、希望もっていただくために、私の体験を綴らせていただきます。
今から2年前の10月に、胃の検診を受けたときでした。胃の動きを押さえるということで、左肩に注射を一本打たれました。その翌日、職場のバレーボールの試合があって、体育館で練習をしようとした時でした。先日まできっちり上がっていたトスが、すごい勢いで左へ流されるのです。「すいませーん」などと言ったものの、何度やっても同じ結果です。チームメイトも心配そうな顔をしています。よく見てみると左肩が水平より上に上がっていないのでした。「昨日の注射の影響かな」とその日は思いました。
11月に入って、家族で紅葉を見にドライブに出かけました。何だかとても目が疲れた感じで、うまく焦点が合っていない自分に気づきました。自分は昔からコンタクトレンズを使用していましたので、「きっと乱視が進んでレンズが合わなくなったのだ」と思いました。あまりにも目に疲労感があるので、しばらくは眼鏡に変えてみたり、新しく眼鏡を作り直しもしました。
この頃になると洗濯物を干す時に、物干しに手が届かなかったり、車を運転していてダッシュボードの上の物を取ることができなくなったりして、ものすごく不安な気持ちでいっぱいになりました。また、まぶたが重くて目を普通に開けていることが困難になり、職場で人と話すときも、何だか自分がどんな表情でいるのかがとても気になりました。
12月に入り、まず整形外科を受診しました。親戚の内科の医師に相談したところ、腕に力が入らない症状がある場合は、首の骨のヘルニアが考えられると聞いたからです。ところが首の骨には異常なし。「しばらく様子を見ましょう」と言う整形の先生の発言に、「もう十分様子を見て、我慢できなくなったから来たんです」と話したところ、脳外科の受診をすすめられ、総合病院に行くことになりました。ところが総合病院というところはどこでも同じように混んでいて、年内は予約でいっぱい。やむを得ず年明けに受診しました。
頭部のレントゲン、CT等の検査を受け、この次はお決まりのMRIの予約を取るときに、この脳外科の先生が「ちょっとまってね」と言って、何やら分厚い医学書を引っぱり出して10分位いろいろ調べてくれたんです。お医者さんが患者の目の前で調べ物をするというのは、何だかちょっと複雑な気分でしたが、その先生のおかげでこの病気を見つけることができたのです。「症状から見て、この病気の可能性がありますね」と言って見せてくれた文字が「重症筋無力症」でした。実は自分でも「家庭の医学」P1600にあるこの病気を11月頃から知っていました。「自分の病気がこれでなければいいな〜」と思っていたのがこの病気だったのです。
総合病院の中の「神経内科」を紹介してもらい、専門の先生に初めて診てもらったのが1月22日。実に発病から3ヶ月以上が経過していました。血液検査の結果と自分の腕の様子をちょっと見ただけですぐに病気が確定、入院と手術が必要であると言い渡されました。家に帰る途中、家内に何と話そうかと考え、ずいぶん遠回りをして帰りました。
翌日からメスチノン(3錠/1日)の服用を始め、その薬の効き目に驚きました。手術が怖かったのと、「手術の有効率は60%」とかいう話を聞いて、「こんなにいい薬があるんなら、切らなくてもいいじゃないですか。手術して効果がないことだってあるんでしょ。」と言って抵抗を試みました。しかし、「発病後まもないこと、若年であること、胸腺肥大が疑われることから手術の有効率は高くなることが予想される。また、胸腺腫瘍が考えられ、それが悪性である可能性も考えられるので、やはり手術が必要でしょう。」と説得され、開胸摘出が確定しました。
手術前に麻酔科というところに連れて行かれ、そこの先生と面談しました。「手術は全身麻酔で行いますが、あなたの病気の場合はちょっと危険なケースが考えられます。」と麻酔科の先生。「危険なケースとは?」と聞いてみましたら、「重症筋無力症は筋肉と神経の接合部分の感受性が鈍くなる病気です。実は全身麻酔というのも全身の筋肉と神経の接合部分の感受性を麻痺させて眠らせるということなのです。つまりあなたの病気の場合、麻酔から覚めるのに時間がかかるか、もしくはそのまま…という可能性も考えられます。」という答えでした。「それって、もしかして…」と動揺していると、それに追い討ちをかけるように「…という可能性もあるわけですが、全身麻酔をかけることに同意する場合は、ここにサインして下さい。」と言われました。万が一手術に失敗して死亡したりした場合に、この紙1枚が重要なんだな、と思いました。しかし自分の場合は、「じゃあ手術はやめます。」とも言えず、サインしました。なんだか「一応がんばってはみるけど、失敗して死んじゃっても知らないからね。」って言われてるのと同じで、とてもイヤでした。
2月10日に手術。方法は「胸骨正中切開による胸腺の全摘出」でした。つまり「胸骨(あばら骨のつけ根にあたる縦15センチ位の骨)を縦に切り開き、胸腺をすべて取り出す」という手術でした。執刀は、胸部外科では全国でも名高いU先生だったのでちょっと安心でした。手術は約2時間で無事終了。大きな出血もなく、輸血もしなくて済みました。
術後の経過は順調で、4日目には全ての管が取り除かれ、歩いてトイレに行けるようになりました。そして、きっと入院待ちの患者が多かったのでしょう、11日目には退院ということになってしまいました。最初はちょっと不安でしたが、自宅療養を4〜5日続けた後、職場復帰を果たしました。
その後、1日に3錠のメスチノンを服用しながらの生活が始まりました。そして、薬の量も次第に減らすことに成功し、術後9ヶ月目からは薬無しでも通常の生活ができるようになりました。現在は通常の生活に加えて、スポーツもほぼ発病前と同じ程度にできるようになり、とても楽しい毎日を送っています。
自分の場合は、手術がとても有効だったということになるのでしょうか。この病気でお悩みの方、これから手術を受けるというような方、ご相談にのります。また、病気についてのいろいろな情報(「こんなことをしたら悪化した」「こんな薬がよく効いた」など)を教えていただけると幸いです。
(98.10.24)
●coremem さんからのおたより
[ s-141@po.net-ibaraki.ne.jp ]
- じめまして。ハンドルネームcorememと申します。(MG患者の家族です)
これから秋/冬にかけて風邪は心配ですよネ。
風邪の予防法
1.家族全員で
2.石鹸手洗いの励行(特に外出から帰ったら必ず実行)
3.うがい(イソジン)の励行、特に患者本人は手洗いに行くたびにうがいをする。
(特に外出から帰ったら必ず実行)
4.手ぬぐい類の個人別使用
5.外出時のマスク。特に通院日は絶対にマスク!。我が家では花粉症のマスク
を使っています。
6.''風邪気味の家族は患者に極力近づかない。風邪気味の家族は家の中でもマスク
をする努力。(なかなか守れないけれど)
外出の車の中でも家族が風邪気味ならマスクをする。(閉鎖空間は感染しや
すい気がするので)
7.'''要は転ばぬ先の杖の気持ちで家族皆の協力で風邪の予防対策を続けることが
効果的ではと思います。
ここまでは当然です。
それでも、患者が外出しなくても家族が外からばい菌を持って帰るので
さらに我が家では、患者が主として利用する部屋には
8.空気清浄器(カテキンフィルター付・・・ウイルスを無力化する力があります。)
2年前にナショナルのカテキンフィルター付を購入。常時運転が効果的な感じ。
なお、このフィルターは通常の使用ならほぼ1年に1回交換で良いようです。
9.加湿器による強めの加湿。(ウイルスの飛散を抑制できる)
1日で水のタンクが空になるくらい運転している。
10.マイテラーゼを1日4錠服用していますが、夜間は筋力が極端に落ちるので
マイテラーゼの昼間のむ量を半錠減らして、咳込みが予期される30分〜1時間前
に半錠を飲むことで、エヘンの力が出るように準備する。
さらに実行しているわけではないですが
11.お茶(紅茶も可)によるうがいも良いらしい。(支部での医療相談会で
医師からのアドバイス。そう言えば主治医もそのように言っていた。)
お茶をのむことも風邪の予防になるそうです。
(カテキンとはお茶の成分のタンニンともいうそうですネ。
タンニンならなじみの言葉です)
以上の対策は私の家族(患者)がある日、風邪により痰が切れない
(エヘンする力がないので呼吸が困難になった)ので夜間急患で病院に駆け込ん
だ経験からです。
その後は、何度か風邪のひきかけや喉の痛みなど訴えることがありましたが、
何とか軽症のまま治癒する場合が多いです。
(それでも痰が絡むときは本当に心配です)
ご参考になればと思い書き込みしました。御大事に・・・・・・・98.10.22
●あぽちゃん さんからのおたより
- はじめまして、あぽちゃんです。
発病して、1年9ヶ月>>> 眼瞼下垂からはじまり、入院までの1ヶ月で全身症状になりました。手術もうけて5ヶ月の入院を経て退院してみたら、眼瞼下垂のみならず、手の動きも悪く、歩行もままならなくなってしまいました。具合の悪いときは、やはり息が浅い感じがあって、ため息と複式呼吸で補っています。
でも、不思議なことに他人の善意が素直に受けられるようになりました。この、メールBOXにも参加できてほんとうに嬉しいです。
まだ、メールは新米・・・、いつもBOXの元気良さには感心されます。
冬季のかぜ感染が、心配です・・・・(1)
いま、プレドニン量は20mg、隔日です。
(1)についてなにか情報、あるいは対処方法があれば、お教え下さい。
いまは、かるい胃潰瘍と眼瞼下垂から開放されたとろです。
きっと、明日は」いいことがあるはず!! たとえ、ささやかでも☆
(1998.9.16)
●ガル さんからのおたより
- 1998.6/21 匿名にてメールをしたものです。自分のメールを読み返しました・・・恥ずかしいです。
ちょうど今日が、外来の日でした。はっきりいってつかれました。みなさんはどうですか?ホームページを見て回復されたかたのを読ませて頂きましたが、羨ましくも感じましたが私自身のあせりもでてきて、心配です。
私は、メスチノンを1日3錠服用してます。ただ夜になると色々な事がよぎって眠りが浅いためハルシオンも服用しています。体に良くないことは、わかってても眠れない事がつらく、ついつい飲んでしまいます。みなさんはどうされているのですか?
もっとおくふかい話を聞きたいのですが、このメールを読まれたかた返事を下さい。
(管理人>メールアドレスが判読できませんでした。「fwka1479」までは読めたのですが、以降のアドレスが解りません。もしよろしければ、mgosaka@power.co.jp まで直接メール下さい!)
●横尾 さんからのおたより
[ yokooh@mb.infoweb.ne.jp ]
- 匿名 さんからのおたより(1998.6.21)の中に
> いろいろと考えすぎて眠れなくて、ずっとハルシオンも服用しています。
とありましたので、私の経験からコメントいたします。
結論から申し上げますと、この睡眠薬は筋弛緩剤の働きがあり、MGの症状を悪化させます。
私は海外出張の際に睡眠不足・時差ボケ対策として服用したハルシオンで大変難儀したことがあります。出張中は心身の疲れや睡眠不足によってMGが悪化しているものと信じ込んで、この薬を飲み続けました。帰国してからも体調が戻らずすっきりしないので、1カ月ほど続けたのでした。後で分かったことですが、このためにMGが悪化していたのでした。睡眠薬としては軽い方といわれ、少量だった(〜1錠/夜)のですが。きっぱりやめてから出張前の状態に回復しました。
匿名さん、ハルシオンをやめるときっとよくなり、心も晴れますよ。
●TOMOKO さんからのおたより
- 突然ですが7月1日にホームページを作りました。殆どは家族の話でくだらないものですが、MGのページも設けてみました。覗いてくださると幸いです。
http://member.nifty.ne.jp/taki_ke/
●A さんからのおたより
- 現在、55才(新潟県出身)、40才の時に発症し、メスチノンなどの投薬で2年間過ごしたものの、
海外出張後に悪化して胸腺摘出手術を受け、更に、パルス療法でステロイドが40ミリグラムまで減る
まで半年間入院しました。
手術当時は、この病気に関する知識を得たことによって、寝たきりになって職場復帰さえできないほ
ど悪い方へと思いこみ、極度に悩みましたが、主治医(女医)の完治するという確固たる考えによって、
精神的に大いに救いになりました。
退院後、即、職場復帰するとともにステロイドを減量しながら1年ほど飲み続け、投薬は完全になく
なりました。その後、転勤も経験し、また、ゴルフや山登りも再開して今では正常そのものです。
中年になってこの病気になりながらも、完治した一例として紹介しました。
(1998.7.17)
●匿名 さんからのおたより
- やっとこのホームページに出会う事ができました。
私は2年前に症状がではじめて病名がわかるまで9ヶ月位かかりました。
昨年の1月29日に胸腺摘出をして今はなんとか元気にすごしています。
は術前からメスチノンを服用していますが、たまに瞼が下がってきたり、体がだるい
と感じることがよくあります。
不安なんです。健康な時は体さえ丈夫ならある程度の事なら自信をもてたのに
今はダメ!
この病気が悪い事なら逆に良い事があってもいいのに、それを信じていたのに・・・
今、仕事の事も考えています。廃業しようかと・・・
いろいろと考えすぎて眠れなくて、ずっとハルシオンも服用しています。
まだ友達が話を聞いてくれるから多少は楽なんだと思うけど、
心がいつまでも晴天にならないんです。
でもそんな時にこのホームページを見つけて皆さんのメールを読ませてもらい
励まされました。
同じ立場で悩まれている人が私だけではないという事を知りました。
いろんな人のお話がもっと聞きたいと思いますのでメールトモになってください。
よろしくお願いします!
(1998.6.21)
(メールアドレスの記載がありませんでしたので、よろしければお送り下さい)
●藤井勝巳 さんからのおたより
[ katsumi@snow.ee.uec.ac.jp ]
- こんにちは.
この度,MGメーリングリストを開設いたしました.
MGに関する情報,悩み,愚痴など,メールを通していろんなお話をしませ
んか? MG以外の話もオッケーです.
メーリングリストに関するホームページも用意しました.
http://snow.ee.uec.ac.jp/japanese/katsumi/mg/mg-ml.html
です.よろしければ,メーリングリストへご参加ください.
では.
(1998.5.24)
●H さんからのおたより
[ fg6y-mrgc@asahi-net.or.jp ]
- はじめまして。私は27才のOLです。
発病は7才ですから、この病気とはもう20年のお付き合いです。ものが2重に見え
るのと疲れやすいという事以外は特に困った事もなく軽い病状ですが10代の頃は
比較的元気なのに体育の授業をドクターストップで休む事から周囲に「ズル休み」
だと言われ辛い思いをしました。やはり今でも疲れやすいのを怠け者と思われるの
ではないかといつも仕事は必死です。
それでも、今は薬を飲みながらも普通の会社員として働ける事を嬉しく思ってい
ます。
今病気で苦しんでいる皆さん、
完治はしない病気かもしれませんが、きっと元気になれる病気です。
お互いにがんばりましょう。
(1998.4.11)
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